2011-08-31

病気と明るく強く闘う、れいこ
【第64~65日目: 8月30~31日(火~水)】


6月28日に始まったれいこの闘病記、64~65日目です。
(初めての方は、まず初日・6月28日のエントリーをご覧ください)


<●お願い>

このブログには、れいこに関する情報を、ほぼそのまま掲載しています。れいこの回復が厳しいこと、余命まで告げられたことは、本人には伝えていません。
れいこに話しかけて頂く際はもちろんですが、れいこに接する可能性のあるお子さん方にお話される際、ご配慮をお願いします。

お子さん方には、「れいこが頭にできた、悪いできものと闘っている。治るまでには、まだだいぶかかりそう」といった言い方にして頂ければ、幸いです。

「命が危ない」、「余命1~2年」といった部分については、特に配慮ください。れいこのためにも、お子さん方のためにも。

このような危惧をしつつも、あえてブログでの情報発信を行っています。皆さまのご配慮・ご協力をお願いいたします。



○化学療法、はじまる。

退院から、1週間が経ちました。
1週間のインターバルで、治療もなく自宅で鋭気を養った、れいこ。



この日は、土曜から帰っていた妻の実家から、直接病院へ行きました(帰省中の様子は、妻のブログからどうぞ)。

1週間ぶりに主治医の先生にお会いして、いろいろとお話を伺うことができました。

  • (放射線治療後のMRI検査結果を見ながら)現時点では間違いなく、非常にいい結果。腫瘍も縮小していること。

  • 小学校に行くにあたっての、いろいろなアドバイス。できることは、何でもやってみるとよいこと。

  • 退院後にときどき起きている軽微な頭痛は、それほど心配要らないこと。

  • 今日から始める、化学療法のこと。副作用や、それに対するアドバイス。初めてインターフェロンを投与する今夜、39度くらいの発熱が予想されること。

  • 主な治療薬であるテモダールは、今日から5日内服。そこから3週間休み、4週間を1クールとする。1クールごとに通院し、インターフェロンを点滴し、テモダールを処方する。
    薬は出しておくが、頭痛・嘔吐がひどいときは、病院へ来ること。


診察後、さらに上の副院長先生にもお会いし、お話しました。れいこの顔の麻痺が、少し良くなってきているとのことで、喜んでくださいました。

点滴中もゲームに励む、れいこ。

この日、結局懸念された発熱もなく、元気に過ごした、れいこ。
これからようやく、病気との闘いの第2ステージの始まりです。

(残念ながら、翌31日夜は、少し強い頭痛が出てしまいました。もっとも、10分くらいで治まり、早々に休みました)


ところで、大阪市立総合医療センターでは、ビーズプログラムを実施しています。


れいこの闘いの証であるビーズは、こんなにも大きくなりました。
でも、れいこがこの病に打ち克つときには、もっともっと大きなビーズが、誇らしくれいこの胸に輝いていることでしょう!



○「たにやん」からのプレゼント

病院で点滴中に、エル・ライブラリーのT館長が、またもお見舞いに来てくださいました。あろうことか、天下のT館長を、れいこは勝手に「たにやん」呼ばわりしています。(笑)

先日、「たにやん」が来てくださったときに、私にsaveMLAKのTシャツを持って来てくださいました。
そのTシャツが一目で気に入り、とても羨ましがっていた、れいこ。
それを知った「たにやん」、早速小さいサイズをれいこにプレゼントしてくれたのです!

翌朝は、迷わずにこのTシャツに!

「たにやん」さん、そして「ち」さん、ありがとうございました!



○番外編:【お願い】エル・ライブラリーへの支援について

このブログでは、たびたびご紹介をさせてもらっていますが、今一度PRさせてください。

今回、井上家を応援くださっている、エル・ライブラリー。
先日のエントリーでもご紹介しましたが、メルマガにまで、れいこのことを取り上げてくださいました。)

某大阪政権下で運営費(補助金=メイン収入源)を失いながらも、ボランタリーな職員の気合いと根性のみで、必死の運営を続けています。
しかし、極度の財政難のため、運営そのものが行き詰る寸前になっています。

そのため、年間を通じてサポート会員を募集したり、古本の寄贈受入などを行っています。
可能な範囲で結構です。少しずつでも、皆さまのご支援をお願いいたします!(ちなみに私も、サポート会員です)

なお、エル・ライブラリーの情報は、Twitterアカウント@Llibraryosakaでも発信しています。
公式サイトブログともども、チェックをお願いします!



○お兄ちゃん、バースデー!

30日(火)は、れいこの第2ステージの始まりでもありましたが、お兄ちゃんの13回目のバースデーでもありました。

不器用なところはあるけれど、いつも必ず車椅子を押してくれる、妹思いのお兄ちゃん・シューイチロー。
左手は不自由ですが、れいこはお兄ちゃんのために、サラダとケーキを作りました。

サラダづくり。


フルーツ山盛り、れいこのケーキ!


13本のローソクを一息で消した、シューイチロー。


みんながいてこその、バースデー。家族4人が揃っているからこそ、喜びはひとしおです。
これからもずっと、ずっと4人で祝っていきます。




<●最後に、れいこへ。>

れいこへ。

とうとう、れいこの第2ラウンドが始まったね。
化学療法って言って、薬で頭の中の悪いできものを、やっつける治療なんよ。
放射線治療は終わったけど、病気との闘いは、まだまだこれからやで。



そうそう、明日からは学校やな。
みんなの前で、車椅子に乗るのは嫌みたいやけど、仕方ないんやわ。お父さんやお母さんも、登下校は一緒に行くけん、ガマンしてやな。

主治医の先生からは、出来る範囲で学校のこともしていい、と言ってもらえたな。
できる範囲でやったら、運動会や自然学校も参加できるけん、みんなと楽しんだらええわい。


しばらくの間は、放射線治療の影響で、体調はよくなっていくみたいやで。学校で友達といっぱい遊んだらええし、勉強も頑張りや。

これからも、ずっと学校に通えるように。
元気で家族と過ごせるように。


ずっとずっと、こうしていられるように。

元気になることを願っとるよ、れいこ。

 

2011-08-29

病気と明るく強く闘う、れいこ
【第58~63日目: 8月24~29日(水~月)】

6月28日に始まったれいこの闘病記、58~62日目です。
(初めての方は、まず初日・6月28日のエントリーをご覧ください)

<●お願い>

このブログには、れいこに関する情報を、ほぼそのまま掲載しています。れいこの回復が厳しいこと、余命まで告げられたことは、本人には伝えていません。
れいこに話しかけて頂く際はもちろんですが、れいこに接する可能性のあるお子さん方にお話される際、ご配慮をお願いします。

お子さん方には、「れいこが頭にできた、悪いできものと闘っている。治るまでには、まだだいぶかかりそう」といった言い方にして頂ければ、幸いです。

「命が危ない」、「余命1~2年」といった部分については、特に配慮ください。れいこのためにも、お子さん方のためにも。

このような危惧をしつつも、あえてブログでの情報発信を行っています。皆さまのご配慮・ご協力をお願いいたします。




○小学校との打ち合わせ

25日(木)に、小学校との打ち合わせがありました。

病院から通学許可は得たのですが、半身が麻痺した今の状態では、従来のような登校はできません。
そこで、小学校の先生方にお時間を頂き、来学期からのれいこの学校生活について、いろいろと話をしました。

ラジオ体操にも行った、れいこ。


以下、妻のブログより。

当番活動や係の活動は、無理のない範囲ですること。
給食当番や食器を下げることはできないと、伝えました。

授業については、国語や算数などの教科は大丈夫だけれども
音楽や技術家庭科などの実技教科が厳しいので
そこはできることをするよう配慮してくれるそうです。

問題は、体育。
これから運動会の練習で組体操が入ってきます。
そこは当面は、見学にしようと合意しました。

こちらからの要望として、
トイレや着替えに介助が要るので、介助員をつけてほしいと伝えました。

あと、娘の脱毛が進み、後頭部に目立ってきていること。
退院はしたけど、治ったのではなく通院治療に切り替わっただけで、
再発の恐れは多分にあるということ。
吐き気、頭痛、眠気、痙攣などの変わった症状があったら、
すぐに連絡をしてほしいと伝えました。

他の子どもたちには、娘のことを伝える方向になりました。
娘が知っていることをそのまま。
頭の中にでき物ができて、入院中にそのでき物をやっつける
ビームをあてていたこと。
でき物のせいで手足が不自由になって、車いすを使うこと。
ビームのせいで、脱毛していることを
娘がいない場で伝えてもらうことになりました。

先生たちが心配しているのは、
何かしたらいけない制限などはないか?でしたが、
食事も含めて制限されていることは何もなく、
娘は日常生活がリハビリであり、
できるだけやれることはさせてあげてほしいと伝えました。

とりあえず、先生方も娘と過ごしてみないと分からないことばかり。
介助員の方が付くのか、付かないのか
付くとしてもいつになるのか分からない状況ですが、
2学期をスタートしてみて考えてみようということになりました。

校長先生も加わってくださって、
介助員のことは教育委員会に要望してみると言ってくれました。

これから学校生活はイベント続き。
11月には自然学校があります。
できたら参加させてあげたい。
そのためにも介助員の加配を願います。


先日から、私はフルタイムで仕事に復帰しています。
そのため、日中に限れば、れいこの世話は妻がメインにならざるを得ません。そんな事情もあって、学校との相談は、妻にすべて任せました。

学校の先生方も、しっかりと受け止めてくださったようですので、まずはこれで、やっていきたいと思います。



○元気な、れいこ。

退院以来、喜びが滲み出るような、元気な様子のれいこ。

人権ポスターを書いたり。


リラックマのタイル画を、完成させたり。


習字も書いたし。


リラックマも、作ったし。


他にも、友達が遊びに来てくれたり、24日(水)にはお母さんとプールに行ったり。
最初に手術をしてくれた、宝塚市立病院の主治医の先生にも、お礼の手紙を書いたりもしました(リラックマの便せんで)。
毎日、元気に過ごしている、れいこです。


ですが、不安もあります。
25日(木)から、れいこが軽い頭痛を訴えています。起き上がるときに、軽く頭が痛むらしいのです。
それが、放射線治療の副作用か、1ヵ月服用したステロイド剤を止めたことによるものか、腫瘍そのものによるものなのか・・・不安はあります。

ごく軽い頭痛で、しかも起き上がる瞬間だけとのことですので、当面は様子見ということにしそうです。


そして27日(土)午後からは、妻の実家(愛知)に遊びに帰りました。実質、日・月の二日間だけなのですが、毎年楽しみにしている夏休みの帰省代わりになりました。

愛知でも、ゲームセンターに行ったり、泳ぎに行ったり、ラーメンを食べたり。毎日、楽しく過ごしているそうです。


私も急に空いた土日に、よほどダイトケン(大学図書館問題研究会)の全国大会にでも行こうかとも思ったのですが。いくつか所要があり、結局自宅で過ごしました。
栄養療法について紹介頂いた某研究所の方にお話を伺ったり、図書館で癌治療の本を読んだりして、過ごしました。

ダイトケン全国大会は、@karatelibrarianからTwitter参加したり、UST中継を見たりしました。たぶん、ダイトケンの全国の会員の中で最多ツイートは、参加もしていない私。(笑)



○明日から、化学療法に挑戦!

毎日楽しい夏休みを過ごしているれいこですが、明日からまた、外来治療が始まります。放射線治療終了後、1週間のインターバルをおいて、今度は化学療法の開始です。

れいこの場合、テモダールという薬をメインに、インターフェロンを併用します。
テモダールは、5年ほど前に日本でも承認され、よく用いられるようになった抗がん剤です。

脳には、血液脳関門というバリアのようなものがあり、抗がん剤は効きにくいとされていました。しかしこのテモダールは、脳腫瘍に対し、一定の効果があることが認められています。
れいこの患っている膠芽腫にも、効果があることが明らかにされています。
そのため、脳腫瘍に対しては、現在は世界標準に近い治療方法となっています。


私の同僚からのプレゼントに大喜びする、れいこ。



ただし不安材料も、いくつかあります。
一つは、テモダールが根治を約束するものではないことです。れいこの場合、メイン治療法はやはり、放射線治療です。
すでに放射線治療は終えていますが、どこまで効果が出るかは、もう少し経ってみないと判りません。

テモダールを使用したからと言って、根治に向かうものではありません。過度の期待は、禁物だと思っています。


また、テモダールには、大きな欠点があります。
テモダールは、MGMTという酵素により効果が阻害されますので、この酵素の活性がある人には高い効果が得られません。
MGMT酵素を持つ人の比率は、おおよそ5割とのことです。

どうかれいこに、MGMT酵素活性がありませんように・・・!



○間寛平さんからのメッセージ

いつもお世話になっている、@tii47さんが、また粋なプレゼントをしてくれました。
間寛平さんのサイン会に足を運び、れいこのためにメッセージをもらって来てくれたのです。

れいこには、本ごとプレゼントしてくれました


間寛平さんは、「前進、前心」と書いてくれました。
@tii47さんにも、「病気は治るんだから、病気に負けるななんて書かない」といったようなことを、言ってくださったそうです。
サイン本は、れいこにはまだちょっと早いようなので、私が先に読み始めています。(笑)

また、間寛平さんは、Twitterアカウント@kanpeitterからも、メッセージをくださいました。ありがとう、かんぺーちゃん!

そして@tii47さん、度々のお気遣い、ありがとうございます!(感涙)




<●最後に、れいこへ。>

れいこへ。

愛知のお爺ちゃん、お婆ちゃんのところは、どんなぞ?毎日、楽しく過ごしよるみたいやな。
れいこは毎日楽しいんやろうけど、お父ちゃんは、ちょっと寂しいんぞ。

れいこがおる日は寝るときに、れいこの横に誰が寝るか、「れいこ争奪杯」が始まるわいな。みんながれいこの横にギュウギュウ割り込んだり、手を繋いで寝ようとするけん、いっつも狭くて寝苦しい。



ほやけど、お前がおらんと、寝室が広くって仕方がない。
毎日ビールを飲んで、ほろ酔いで寝室に行くけど、ガランとしていて寂しいんよ。


でも明日は、やっとこっちに帰ってくるのう。
明日の晩はまた、れいこ争奪戦が勃発するやろな。お父さんは、3日も離れとったんやけん、絶対に明日は、れいこの横を確保するで~。
逆らうヤツは、誰であろうとも、お父さん必殺の右ローキックを入れて倒すぞ~。


これからもずっと、こうやってれいこの横を奪い合って、過ごしたい。
ずっと、ずっとな、れいこ。

 

2011-08-23

病気と明るく強く闘う、れいこ
【第56~57日目: 8月22~23日(月~火)】


6月28日に始まったれいこの闘病記、56~57日目です。
(初めての方は、まず初日・6月28日のエントリーをご覧ください)


○祝!退院!!

先日のエントリーに書きましたとおり、退院しました!

19日(金)の夜から22日(月)の午前まで、外泊のカタチになっていましたので、実質は19日(金)に退院したようなものですけれど。



22日(月)は外泊後、提携病院での最後の放射線治療に行きました。
その後、入院していた大阪市立総合医療センターへ戻り、主治医の先生や看護師さんたちと簡単に話をしました。

後述しますが、この日提携先の病院で、とてもいい検査結果が出たことを伝えると、皆さん自分のことのように喜んでくださいました。


最後に、れいこから先生方に一人ずつ、写真と手紙を渡して挨拶をしました。
寂しいけれど、今度こそ、病院とはお別れです。

大阪市立総合医療センターの皆さん、本当にありがとうございました!
<主治医の先生とは、外来のお付き合いがずっと続きますけれど。


帰りは、「れいこ お助け隊」の大学時代の友人夫婦が、病院から自宅まで送ってくれました。
滋賀まで帰省のついでに、とのことで、完全な遠回りをさせてしまいました。
迷惑をかけましたが、久しぶりに会えた友人とのひとときも、楽しいものでした。




○最高の検査結果

この日、都島放射線科クリニックでの最後の治療(25回目!)が行われました。

治療後、すぐにMRI検査を行いました。
当日すぐに検査の結果を伺うことができたのですが、それは望外のものでした。

「予想もしなかったぐらい、いい状態」とのことです。


2週間前の検査でも、「非常にいい」と言われましたが、今回はさらにいい状態だったようです。予想を超えて、腫瘍が縮小していることが見受けられるそうです。
麻痺している左半身の手足のコントロールも少し利き始めたこともあり、想像以上の回復ぶりのようです。

今後は治療もそうですが、れいこの免疫力など、本人のチカラによるところが大きいそうです。



さらに嬉しかったのは、クリニックのO院長のお言葉です。
これだけ治療の効果が見られると、病理診断(*)が、嬉しい方に間違えている可能性すらある、とのことでした。

(*)【病理診断】

この場合、腫瘍組織を採って調べた、2度目の手術を指します。この病理診断で、病名・進行状況を判断します。

以前の病理診断の結果は、「神経膠腫(しんけいこうしゅ)」のうち「膠芽腫(こうがしゅ)」、いわゆる悪性腫瘍でした。
しかも、WHOの定める4段階評価でも、最悪のグレード4との見立てでした。

非常に生存率が低く、難病中の難病です。



もともと、入院先の大阪市立総合医療センターを選んだのは、ここのH先生のお話を伺ったからです。「通常なら脳幹中央にできる腫瘍が、横の方に伸びていて、一縷の望みがある」といったものでした。
いくつかの病院を検討した中、この一縷の望みに託し、H先生にれいこを預けようと決めたのです。


O院長によると、病理診断は100%正確とは言い切れない、とのことでした。
いわく、「腫瘍のごく一部だけを取り出して、全体像を判断する。いわば、動物の尻尾だけ触って、どの動物かを調べるようなもの」だそうです。
おおむね正確ではあるけれど、中には判断と事実が異なることも、ないわけではないそうです。


もしかすると、ではありますが。
病理診断の結果よりも、実際は少しはマシな状態であるのかもしれません。O先生は、「こうなると、最初のH先生の見立て通りなのかもしれませんね」とのこと。

本当に、ごくわずかではありますけれど、かすかな光が射してきた思いです。


さらに、れいこには思わぬ嬉しいことが、ありました。放射線治療の終了後、O院長から、表彰状を頂いたのです。



一ヶ月以上に渡り、大人でも珍しい70グレイという強い放射線を浴び続けてきた、れいこ。そのれいこの頑張りに対して、この計らい。何とも言えず、粋な病院です。


今後、れいこの外来治療は、大阪市立総合医療センターとこのクリニックの両方で、続けられます。両方の主治医の先生が連絡を密にしながら、れいこを診てくださいます。
この先生方にであれば、今後も安心してれいこをお願いすることができます。


れいこはきっと、元気になる。
私たちは、本気でそう信じています。




<●最後に、れいこへ。>

れいこへ。

改めて、退院おめでとう、れいこ。
こんなに元気で早く退院できるとは、思ってなかったよ。



宝塚市立病院に駆け込んだ日に、余命1年と言われたんよな。目の前が真っ暗になって、お父さんは、ベッドに寝かされてしまった。

その数日前から、ずっと寝続けているような状態やったけんなあ。
即刻入院、即日手術になったあの日には、2ヶ月後にこんな笑顔を見せてもらえるとは、思えんかった。


昨日、O院長がおっしゃった「予想もしなかったぐらい、いい状態」という言葉に、お父さん・お母さんがどれくらい喜んだか、お前には判らんやろうなあ。


病院で絶望的な診断を聞いたときも、お父さんたちは、れいこのいない家を考えることができんかった。今でも、れいこのいない井上家なんて、想像することもできん。
これは、お父さんもお母さんも、一緒の思いだ。

医学や統計の上では、お前に残された時間は、1年か2年なのかもしれん。
でも、お父さんには、とてもそうは思えんのよな。


今回の検査結果で、ほんのわずかな光が、射してきた。
それよりも、かすかな光が、またちょっと強くなった、と言うべきかな。


お前が大きくなったときに、このブログを読ませたい。
家族みんなで笑ってこのブログを読んで、「あのときは、お父さんも泣いちゃってねえ」なんて言える日が来るように。
お前が元気になって、ずっと家族といられるように。


本当に、ただただそのことだけを願っているよ、れいこ。

 

2011-08-21

病気と明るく強く闘う、れいこ
【第52~55日目: 8月18~21日(木~日)】


6月28日に始まったれいこの闘病記、52~55日目です。
(初めての方は、まず初日・6月28日のエントリーをご覧ください)


○退院決定!

まずはやっぱり、この話からでしょう。
れいこの退院が、正式に決定しました!8月22日(月)、退院です!



しかも、19日(金)夕方の治療後、22日(月)の昼まで外泊です。そのため、実質的には、19日(金)に退院したのに近い格好です。
ここまで来られたのは、何と言っても、皆さんの応援があってこそです。皆さん、ありがとうございます!


急だったので、荷物もかなりの量でした。
数日前から、少しずつ持ち帰ってはいたのですが、それでもまだまだ。結局、病院のワゴンを借りて、一階まで荷物を降ろすことになりました。

リラックマグッズの山。


ともあれ、19日(金)にはすべての荷物を引き払い、「れいこ お助け隊」のMさんに、荷物ごと自宅へ送って頂きました。
<Mさん、度々ありがとうございます!

明日22日(月)は、最後の放射線治療のため、もう1度病院へ行って来ます。これが終われば、晴れて退院です!


しかしこれは、闘病生活のゴールではありません。むしろ、病気との闘いは、始まったばかりです。
こうした癌治療においては、放射線治療の間だけ入院し、後は外来で治療するというパターンは、珍しくないようです。

れいこの治療は、上々の滑り出しですが、まだまだ闘病は始まったばかり。野球で言えば、先頭打者ホームランが出て、1対0で初回を終えた、という程度でしょうか。本当の闘いは、これからです。
<今日、図書館で借りた本のサブタイトルも、「退院後から始まる本当の闘い」でした。


これからも、井上家は「明るく強く」頑張りますので、応援をよろしくお願いします!



○この数日のれいこ

病院での実質的な最後の2日間を、れいこは思い切り満喫しました。

18日(木)には、病院でのマジックショーを楽しみました。


DSでマジックの写真を撮る、れいこ。


お越しくださったのは、妻がお世話になっている、「マジックパパ」こと@nontapapaさんです。
れいこのために、マジックを披露しに病院まで来てくださるとのことでしたので、病院で調整して、小児病棟の子供たちみんなで拝見しました。

いろいろな手品を見せてもらって、子供たちは大喜び!
@nontapapaさん、ありがとうございました~!


翌19日(金)には、小児病棟の夏祭りがありました。

ボーリングをする、れいこ。


ヨーヨーも釣ったよ。


リクエストした、リラックマ模様のたこせん。


病院での最後の2日間は、とても楽しい時間となりました。
帰宅後も、大好きなアニメを観たり、友達と遊んだりして、楽しく過ごしています。

お昼は、自家製ピザづくり。


コツコツ頑張るのは、れいこのすごい長所。


やっぱり、自宅が一番のようですね。
これから、毎日一緒に過ごせると思うと、本当に嬉しいです!



○嬉しさと寂しさと

・・・とは、言うものの。
いよいよ退院となると、急に寂しさを感じるようになった、井上家。

2ヶ月ほどの入院生活で、一番長く過ごしたのが、今回の病棟です。1ヶ月半あまり、今の病室で過ごしたでしょうか。
4人部屋で、れいこを含めた3人は、ずっと同じメンバーでした。2~3歳違いの3人は、毎日毎日一緒に遊ぶ仲良しさんでした。
いくら待ち望んでいた退院とは言え、当然仲間と別れるのは、とても寂しいことです。


れいこだけでは、ありません。私たちも、そうです。
娘が、毎日一緒に過ごしてきた子供たち。そして、その親御さんたち。
他の親御さんとは、毎日わが子のために、病院に通う者同士です。病院のいろいろな情報交換をしたり、お互いの子供の面倒を見たり、励まし合ったり。


前にも書きましたが、こういう中央病院には、それなりの病気やケガの子供が、大勢集まっています。お互いに深刻な状況で、長く病院に入っていて、言うなれば一緒に闘っている仲間です。
そしてそれは、子供だけでありません。子供たちの親も、一緒に闘っています。
その仲間たちとの別れは、親にしても寂しいものです。

ちょっとしたことを聞いてもらったりするのも、難病や重症の子を持つ親同士だと、また少し違うものです。
相手の苦労が判ったり、親身に励まされたり。それだけに、他の子供の回復は、本当に喜び合ったりできます。


れいこが6月末に宝塚市立病院に入院したときには、同室の同い年の子と、すごく仲良しになりました。
その子の退院以降も、家族でのお付き合いが続いています。お父さんのブログでも、れいこの応援をして頂いています。

こうした家族ぐるみのお付き合いも、一緒に闘病生活を送ったゆえの共感があるのかもしれません。

荷物がなくなったベッド


子供たち、親だけではありません。
病院では、先生や看護師さんたちも、一緒に闘ってくれています。治療のメインは先生ですが、子供たちにとっては、看護師さんや保育士さんは、さらに身近な存在です。
先生には今後も外来でお会いできるのですが、病棟勤務の看護師さんや保育士さんたちとは、もう直接お世話になることはありません。

看護師さんたちとの別れは、れいこにとっても私たちにとっても、とても寂しいものがありました。
実質最終日となった金曜午後は、れいこは担当の看護師さんや保育士さんと、ツーショットで写真を何枚も撮りました。明日、最後の治療後に、プリントアウトした写真を届けてきます。


こうした大勢の仲間と離れ、一家での闘病生活に戻るのは、嬉しいことであるはずですが、寂しいものでもあります。

でも、お互いに元気になって、病院や仲間に別れを告げなければいけないのですよね。この別れは、とても辛いものですが、前向きに受け止めたいと思います。



○お見舞い

20日(土)には、私たち夫婦の友人が、見舞いに来てくださました。

れいこのために、遠いところを駆け付けてくれて、お土産も盛りだくさん。さらに、れいこの大好きな大富豪も、長時間付き合ってくれました。
<れいこは、どれくらい大富豪が好きなんやろ?(笑)

この日、私もれいこも負け組。


この日のメンバーは、「ゆうりす(図書館情報大学)公共図書館研究会」の先輩・同級生でした。県下の方もいらっしゃいますが、九州・東京など、多くは遠いところから。

そして、同研究会を中心にした、「井上家を応援する有志一同」からは、多くのお見舞いも頂きました。大勢の皆さんによるお心遣いには、本当に胸を打たれました。
皆さん、本当にありがとうございました!(感涙)

必ずれいこを元気にして、このお礼にしよう、と決意を新たにしました。



○【急募!】れいこドライバー

このタイミングで書くこと自体、無理があるのですが。(笑)
Twitterなどにお申し出がないので、こちらにも書いておきましょう。

もしたまたまご都合のいい方がいらっしゃいましたら、以下のとおり、れいこを病院まで、お送り願えませんでしょうか?

【日時】8月22日(月)13:00~13:30頃出発希望
【出発地】宝塚市自宅(宝塚市役所付近)
【目的地】大阪市立総合医療センター
【乗車希望】れいこ+両親(車椅子は無し)

支障のない範囲で結構ですので、ご都合のよろしい方は、ご一報ください。
帰りの足は確保していますので、片道ならどうにでもなります。くれぐれも、ご無理をなさらないでください。



○バナーが増えました

先日のエントリーでご紹介したバナーについて。
バナーを提供くださった@BeliberDaisukeさんが、バリエーションを増やしてくれました。

ちなみに、@BeliberDaisukeさんも、ご自身のブログにこのバナーを貼ってくださっています。ぜひ、そちらもご覧ください!


【「れいこ お助け隊」募集のバナー】





【Twitterアカウント@fight_Reikoのバナー】





【このブログ自体のバナー】






【以下、再掲】

支障のない範囲で構いません。皆さんのブログなどに、このバナーを貼り付けて、このブログやTwitterアカウント@fight_Reikoなどに、リンクをして頂けないでしょうか?


イメージ的には、最後のバナーを使って、このブログのトップページにでもリンクして頂くのが一番いいかとは思います。

もちろん、他のバナーでも構いません。
バナーを作成くださった@BeliberDaisukeさんは、いずれのバナーも、他のブログなどでの使用を認めてくださっていますので、お断り頂く必要もありません。
<「バナー使って、リンクしたよ!」と言って頂けると、よけい嬉しいですけれど。


れいこの、この闘いを、一人でも多くの方に知って欲しいと思っています。どうぞよろしくお願いします。



また、「れいこ お助け隊」の@miwa_chanさんが、バナーをコピペで貼りつけるためのHTMLソースを公開してくださいました。こちらから、ぜひご覧ください。
(このソースは、大サイズのバナーを貼るためのものです。他のサイズの場合も、上の画像のURLをコピペすれば、簡単に差し替えられます)


@BeliberDaisukeさん、@miwa_chanさん、ありがとうございました!




<●最後に、れいこへ。>

れいこへ。

まずは、退院おめでとう。
手続き上は、22日の退院やけど、実際はもう退院できたわいな。とりあえず、第1ラウンドは上々の滑り出し、ということにしておこうか。

お見舞いに頂いたコリラックマの枕で眠る、れいこ。


でも治療は、まだまだこれからやで。
れいこの病気は、最悪の病気の一つなんよ。一度は回復しても、またどこかで出てきてしまう可能性の高い、怖い病気なんよね。

これから、外来で投薬や点滴の治療を、根気よく続けんといかんけんね。
しばらくは状態もええみたいやし、学校にも行けるけど、治療の日は学校も休まんといかんしね。
これからが闘いの本番やけん、一緒に頑張ろう、れいこ。


そうそう、元気になったら、ジェイボードを買う約束をしとるね。
ほやけど、まだ今のまともに歩けない状態では、とてもよう乗れんわいな。

仕方ないけん、ジェイボードを買うのは、もうちょっと後にしようや。元気になって、乗れるようになったら、すぐにでも買うちゃるけんな。


いくらでも、一緒にジェイボードに付き合うけん。
ほやけん、早くお父さんにジェイボードを買わせるように、元気になってくれ、れいこ。


お前がジェイボードに乗れる日が来ることを、信じとるよ、れいこ。

 

2011-08-18

病気と明るく強く闘う、れいこ
【第49~51日目: 8月15~17日(月~水)】


6月28日に始まったれいこの闘病記、49~51日目です。
(初めての方は、まず初日・6月28日のエントリーをご覧ください)


○れいこの現状、そして今後

16日(火)に、主治医の先生とお話をしました。
現状や今後の治療などについて、いろいろと伺うことができましたので、ざっとまとめておきましょう。




  • れいこの退院は、よほどのことがない限り、来週中。
    最短、22日(月)放射線治療後になるかもしれないし、現在結果待ちの血液検査次第では、来週末くらいになるかもしれない。
    早ければ、19日(金)頃におおむね判断できるかもしれない。

  • 退院以降は、投薬・点滴を中心にした、外来での診察治療を行う。
    痙攣・頭痛などの症状が出なければ、月に1度の外来で構わない。そのときに点滴を行い、内服する薬を出す。

  • 今後、MRIによる腫瘍の検査は、3ヶ月毎くらいのペースで行う予定。
    ただし、定期的な検査よりも、日常生活において腫瘍の症状が出ないかよく見ておく方が大事。症状が出れば、すぐに病院へ連絡すること。

  • 9月から、学校に行っても構わない。ただし、一人で自立できる訳ではないので、学校が受け入れてくれるなら、ではある。
    受入体制の未整備などで、ハンディを持ったままの復学を、学校が懸念する場合もある。場合によっては、病院から、教育委員会などへ連絡することも可能。

  • 放射線治療は、開始後3〜4ヶ月で一番いい状態になる。れいこの場合、10〜11月頃が、放射線治療の効果が、一番出る頃。
    ただし放射線治療により、例えば左手・左足の麻痺がどこまで回復するのかは、やってみないと分からない。かなりの運動機能を回復するかもしれないし、それなりに麻痺が残るかもしれない。

  • れいこの場合、治療をしても、腫瘍そのものを完全に消すことは、難しい。
    腫瘍が部分的に壊死しても、腫瘍そのものは残る。腫瘍そのものを消すことではなく、進行をゼロにすることが、治療のゴールになる。

  • この時期、容態が急変する可能性はかなり低い。遠出しても構わないし、水に浸かる程度であればプールなどに行ってもいい。

  • 東洋医学についても、話をする。東洋医学を否定するものではないし、きちんとした所で治療を受けるのであれば、それはそれで構わない、とのこと。ただし、必ず両者を併用することを、それぞれに相談して欲しい、とのこと。薬の併用で、思わぬ副作用が出る恐れがあるので。


状況が良くなった訳ではありませんが、この日のお話は、おおむね気持ちを楽にできるものでした。
放射線治療を半分終えてのMRI検査写真も、いろいろと見せてもらいましたが、先生からも「非常にいい」とのお言葉を頂きました。


ここまでは、まずは順調といったところでしょうか。
これから本格化するであろう、れいこの闘い。まずまずの滑り出しと言えるでしょう。



○東洋医学も?

合わせてこの日、主治医の先生に、東洋医学に関する質問をしてみました。
実は、東洋医学による治療も、先日からずっと考えてきたからです。

もちろん、今の病院は西洋医学に基づく治療を行っていますし、今後もそれを止めることはないでしょう。
しかし、もしそれと同時進行的に、東洋医学の治療を受けられるのであれば、それも十分に検討し得るものだと思っています。
現時点では、これ以上詳しくは書けませんが、真剣に考えてはいます。



主治医の先生は、東洋医学についても、理解を示してくださいました。むしろ、悔いの残らないように、やるべきことはやったらいい、というスタンスのようです。

先生からは、近畿大学など近隣でも東洋医学をやっているところがあると、お話も頂きました。東洋医学と西洋医学は、病気へのアプローチが違うものの、他方を否定するものではないようです。


ただし、東洋医学に限らず、黙って他の治療を受けることだけは、絶対に止めて欲しい、としっかりと釘を刺されました。
東洋医学の薬でさえ、これかられいこの使う薬と併用すると、副作用が出る恐れがあるためです。そうした心配がなければ、検討してもいいのではないか、と言って頂きました。


現在の治療への不信感がある訳では、ありません。
むしろ、現在までの治療には満足していますし、先生方や看護師の皆さんを信頼してもいます。

ですが、現在の西洋医学では、れいこの患っている脳腫瘍の根治が困難であることは、紛れもない事実です。
そうであるなら、違う手段も検討に値する、と思っています。非常に流動的ではありますが、今後もう少し検討を続けます。



ここで、お願いです。
東洋医学を実際に受けられている方、あるいは身内で具体的なご経験がある方、率直な体験談的などをお聞かせ頂けませんか?
また、ごく初歩的なレベルのもので、東洋医学に関する理解を深めるのに役だった情報源などがあれば、お知らせ願えませんか?
メールでも結構ですので、情報をお寄せください。


ちなみに私は全くの門外漢で、簡単な東洋医学の入門書などを、数冊斜め読みした程度です。専門的な予備知識は、ありません。
そのレベルで咀嚼できる情報を、求めています。

皆さんのご協力を、お願いします。
<あ、これも「れいこ お助け隊」に、お願いしてみたらいいですね~。



○バナーができました!&リンクのお願い

先日、「れいこ お助け隊」にて、どなたかバナーを作成してくださる方がいらっしゃらないかと、協力者を募りました。
すると、早速名乗り出てくださったのが、@BeliberDaisukeさんです。
<氏のブログ「BEST LIBRARIAN.jp」も、ぜひご覧ください。図書館系の方に、お勧めです。


さて、作成頂いたバナーは、以下の3つです。


まず↑は、例の「れいこ お助け隊」募集のお知らせへのバナーです。
これは、すでにこのブログに設置済みです。このブログ右上のボタンを押すと、以前の募集エントリー「求ム!『れいこ お助け隊』」!に飛ぶようにしています。




それから↑は、Twitterのアカウント@fight_Reikoへのリンクです。
これも、すでにこのブログ画面右上に設置済みです。




そして↑は、このブログへのリンクを張るために、作成してもらいました。


あわせて、ここでお願いです。
支障のない範囲で構いません。皆さんのブログなどに、このバナーを貼り付けて、このブログやTwitterアカウント@fight_Reikoなどに、リンクをして頂けないでしょうか?


イメージ的には、最後のバナーを使って、このブログのトップページにでもリンクして頂くのが一番いいかとは思います。

もちろん、他のバナーでも構いません。
バナーを作成くださった@BeliberDaisukeさんは、いずれのバナーも、他のブログなどでの使用を認めてくださっていますので、お断り頂く必要もありません。
<「バナー使って、リンクしたよ!」と言って頂けると、よけい嬉しいですけれど。


れいこの、この闘いを、一人でも多くの方に知って欲しいと思っています。どうぞよろしくお願いします。



○患者図書室「やわらぎ空間さくら」

これでもライブラリアンのはしくれですから、一度は書いておかないといけないでしょう。

大阪市立総合医療センターには、患者図書室「やわらぎ空間さくら」が設けられています。
16日(火)の主治医の先生との相談後、ここでしばらく資料を漁ってきました。


患者図書室らしく、ほとんど全ての資料が、医療関係の図書です。
患者自身が使うことを想定しているため、専門書と言えるものは少なく、一般書/入門書といったものが多いようです。

本来は利用できるのは患者自身ですが、私の場合はれいこ名義でカードを作ることができました。カードには、氏名の記載がなく、その点で配慮を感じます。



さて、この日、ここで調べたことですが。
調べれば調べるほど、れいこの患った神経膠腫(こうしゅ)は、難病です。いわゆるガンの中でも、最悪のものの一つであり、患者の生存率も相当に低い病気です。

判ってはいるのですが、改めて読み返すと、かなり辛いものがあります。一般論で言えば、絶望的と言ってもいい状況なのでしょう。


しかし、70グレイという強度の放射線をIMRTという技術で当てられること。それが、これまで非常に順調であること。
そして何より、空手で鍛えた、れいこの気持ちの強さに期待しています。


奇跡は起きる、絶対に。
私たち一家は、そう信じています。




<●最後に、れいこへ。>

れいこへ。

いよいよ、放射線治療も終盤やね。残るところ、あと3回。
少しずつやけど、具合が良くなって来とることは、間違いないわいな。足もしっかりして、少しぐらいなら、一人で歩いてもいいくらいになったね。

れいこの具合が良くなっていることを、お父さんたちは、本当に嬉しく思いよるんよ。




昨日、先生といろいろな話をしたんよ。
これから2~3ヶ月の間は、症状は治まる一方みたい。旅行も行けるみたいやけん、どこかへのんびりしに行こう。

お前は、2回も頭を切る手術に耐えたし、2ヶ月ほどの入院生活を頑張ったんやけん。少しくらい、のんびりしても、ええわいな。


じゃけど残念ながら、この病気はそのままスッと治ることは、期待できんのよ。近い将来、また腫瘍が大きくなる可能性は、高いんよな。
もしそうなれば、また辛い治療を、頑張らんといかんようになる。


多分、まだまだ病気との闘いは、続くんよ。
絶対に病気に勝つ、という強い気持ちが要るけんな。

家族みんなで、闘おう。


絶対に元気になって、ずっと家族みんなで暮らそう、れいこ。
 
 

2011-08-14

病気と明るく強く闘う、れいこ
【第45~48日目: 8月11~14日(木~日)】

6月28日に始まったれいこの闘病記、45~48日目です。
(初めての方は、まず初日・6月28日のエントリーをご覧ください)


○元気に外泊

今週末も、元気に外泊です。
金曜夕方に、空手の館長にお送り頂き、自宅へ戻りました。

この笑顔!



贈って頂いた図書カードで、マンガも買いました。


土日は、また友達が遊びに来てくれて、楽しく過ごしました。
ゲームをしたり、トランプをしたり。土曜は他の友達に、麻雀まで教えていました。
<教えるほど知らんやろ、というツッコミをしたくて仕方ないのですが、そこは黙って見ていないふり。


夕食には、もちろんお酌も。


日曜の夜は、回転寿司に。


本当に楽しい、週末を過ごしました。



○進む、脱毛。

今、れいこが一番気にしているのは、脱毛です。
なかなか、凄い量が抜けるのです。

毎朝、目が覚めると枕には、軽く数十本の脱毛があります。お風呂で頭を洗うと、やっぱり数十本くらい、軽く。
毎日、数百本くらいは、抜けているように思います。


れいこの場合、局所的に放射線を当てているだけですので、脱毛するのは頭の一部です。
今も、何も言わなければ、脱毛しているとは思えません。



でも実は髪の中に、何カ所も脱毛している部分があって、大きいところは硬貨くらいのサイズです。(笑)
いくら男前とは言え、れいこもやっぱり女の子。脱毛は、かなり辛いようです。


放射線治療が脱毛するのは、治療期間だけなので、そう言って慰めています。
放射線治療が今月終わったら、投薬治療に移りますが、れいこの薬は脱毛は少なめとのことです。

何とか、今ぐらいのまま、治療を続けられるといいのですが・・・。
れいこが傷つかないよう、見ていないうちにせっせと髪の毛を拾い集めて、コッソリ捨てている私。



○一人旅、シューイチロー。

ところで、お兄ちゃんのシューイチローは、妻の実家に遊びに帰らせました。
部活が1週間休みになったので、シューイチローにも少し、ガス抜きをさせてやることにしたのです。

とは言え、今後医療費がどれほどかかるか判らない井上家の緊縮財政。
「新幹線は高いけん、近鉄で帰れ!」と命じて、近鉄特急で愛知に帰らせました。

一人で行ったことのないルートですが、どの駅を通るかだけ言っておいたら、結局無事到着した様子。
<もちろん、「着いたよー」なんて気の利いた電話などは、ありません。



れいこのことで、彼も辛く、ストレスを感じた一月半だったでしょう。
それでも、れいこが帰宅すると、必ず車椅子は自分で押す、いいお兄ちゃんです。

妻の実家には、従兄弟もすぐ近くにいますし、少しはリラックスできるといいのですけれど。




<●最後に、れいこへ。>

れいこへ。

週末は、わが家に帰れて良かったね、れいこ。
お兄ちゃんはいないけれど、やっぱり家族が揃うのは、嬉しいことやな。



2日間、ずっと一緒に過ごせて、嬉しかった。
こうしてお前と一緒にいられることを、どれほどお父さんやお母さんが嬉しく思っているか、判るかな?


うまくいったら、あと10日足らずで、退院やな。
そうしたら、また一家で一緒に過ごすことが、できるわいな。

ほやけん、もうちょっと頑張ろう、れいこ。